2005年07月25日

独立3

HomePNAによるマンション&ホテルのインターネット化事業は、
まるで結果がでない状態であったが、会社を作って数ヶ月が
たったころには、ポツポツとHP制作の仕事がやってくるようになった。
実際にやってみると、結構大変だし、金額もそのころは既に
安くなってきていたので、あまり割にあうという感じではなくなっていた。

ただ、金額うんぬんや、儲かりそうかということじゃなく、
会社の看板なしで仕事をするということが、非常に大きかった。

それは自分にとって、あまりにも意義深い出来事であった。

当時、僕は大きなアカウントを持った営業兼SEで、チームで動いていたので、
会社的には営業ではあったが、実際の仕事はシステム構築や設定が主という
ポジションだった。そんな関係で、営業的なことは一切してなくても、大きな
売上がついたりすることがあって、その金額と比較すると、アンカットで
上げる売上は、ゴミみたいな金額であったが、楽しさで比べたら、完全に
逆転していて、アンカットで受けた仕事が圧倒的に楽しいと自分で感じた
ことが衝撃だった。

そうなってくると、より楽しい仕事をするのに抗いがたい状態になってくる。

会社の仕事はそこそこに、自分の会社のことを考える日々が続く。
徐々に会社の仕事が耐えがたいものになってくる。

結論として、退職して、独立を決意することになる。
(ただし、この時点では、利益が出る見込みはまったくなかった。)




Posted by yody8830 at 22:02 │Comments(0)TrackBack(1)この記事をクリップ! 会社  | 社史?

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俺がサラリーマンの頃は、企業向けの基幹システムの開発ばっかりでした。 当然、開発規模が大きく、何十名体制での仕事です。 お客さん側も何十名と言う人がいて、打ち合わせも毎回大変です。 このような大きなプロジェクトとなると、ほとんどは一部の作業を請け負う.
システム開発の仕事もいろいろです【ベンチャー社長の何気ない1日】at 2005年07月27日 23:02